OMORI考察まとめ

みんなOMORIやろうぜ 英語版の内容に基づいています

OMORIとキリスト教のモチーフ

※このブログの全ての投稿にはゲーム「OMORI」についての重大なネタバレが含まれます

 

OMORIはアメリカのゲームである。そしてアメリカとキリスト教が建国以来切っても切れない関係である以上、OMORIを読み解くうえでキリスト教的なアトリビュート(各人物の象徴となるようなアイテム)や聖書に見られるエピソード、象徴に注目するのは当然だろう。*1

そもそもOMORIの根幹を支えているのが「罪の赦し」という非常にキリスト教的なテーマである。罪の告解はカソリックプロテスタント東方正教会などに関わらず、キリスト教における最も重要な要素の一つとして挙げられる……特に、法律による裁きではなく、良心、神による裁きを中心に据えているという点において。

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BASILと戦闘をした後、交差点から上に向かうと見られる文章。

「お前は真実を認めるために、多くの犠牲を払った……しかし、まだ贖罪には遅くない」

この"redemption"、キリスト教関連の文献以外ではあまり見かけない単語だ。意味はリーダーズ英和辞典によれば「1.償還,回収,兌換 2.買戻し,請戻し,質受け 〚神学〛≪キリストによる≫あがない,救い (salvation),贖罪」となっているが、もともとはラテン語で「身代金の支払い」程度の意味を指す言葉だった。しかしキリストが現れ、進んで十字架にかけられたことで我々の原罪を引き受けて「帳消し」にした……そのため「救済/贖罪」という意味が生まれたのだ。

これがキリスト教の中心的な教義であり、ゲームの重要な局面で言及される、ということからも、キリスト教のモチーフがOMORIに多大な影響を与えていることが分かる*2

 

そしてよく見まわすと、HEADSPACEの様々なエピソードに聖書のモチーフが取り入れられていることに気づく。

分かりやすいのはBRANCH CORALが捧げものとして与えるAPPLEだ。(さすがにこれはあらゆる本で出てくるので知っている人も多いはず)。創世記に描かれたエデンの園、最初の人間であるアダムとイブ。彼らは蛇にそそのかされて「知恵の実」を食べてしまい、楽園を追放される。そのとき彼らが食べたものがリンゴだとされている。

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あるいは、BLACKSPACEの最奥部に位置する"CHURCH OF SOMETHING"。BASILはここで黒いSOMETHINGにがんじがらめにされているが、これは間違いなくキリストの磔刑の隠喩である。彼が花の王冠を被ってるのも、キリストが十字架にかけられたときいばらの冠を被せられた、という記述と一致する。

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そう、BLACKSPACEにおいてBASILに花の王冠を被せる(Hikikomoriルートの展開)とは、かつてキリストがそうであったように誰かに罪を背負わせること、現実のBASILを差し出すことで罪をなかったことにするという行為そのものである。*3なんといっても彼さえ死んでしまえば、原理上SUNNYの罪が露見することはないのだから。…彼の良心がそれを許すかは別として。

 

ここまで直接的ではないにせよ、HEADSPACEの展開にはいくつもの聖書のエピソードがでは取り入れられている。たとえば

・HUMPHREYの中を探索するのは旧約聖書のヨナ書から。預言者ヨナがクジラに飲み込まれ3日3晩を過ごしたというエピソード*4

・HEADSPACEのKEL、AUBREY、HEROがHeartをすべて失うとTOASTになるのは、I am toast.で「進退窮まった」というスラングになるからだが、同時にキリストが最後の晩餐において、パンとワインを「私の肉と血である」として分け与えた、という記述も関係していると思われる。これは聖体拝領といい、キリスト教における中心的な教義の一つだ。

・RAIN TOWNでバルブを左に回すと洪水が起こるのは、創世記の「ノアの箱舟」の逸話からか。

・LAST RESORTへと続く桟橋を歩く途中、STRANGERが湖の上を歩く描写がある(その後MARIと別れる直前にも同じことが起きる)が、これは新約聖書に書かれたイエスの奇跡の一つ。

・Hikikomori routeでSNOWGLOBE MOUNTAINへ行くときに聴くplastic fishの歌(なぜかGUITAR GUYの歌がクリスマスソングっぽくアレンジされている)。魚はキリストの象徴として扱われることが多いが、これもクリスマスがキリストの生誕祭であることからの連想か。

・SUNNYが重要な選択をするときに現れる、扉に描かれた十字。あるいは交差点(crossroad)。

 

これだけ多くの描写が聖書から取り入れられている。日本のゲームでは教会は大体「セーブ&回復スポット」としか描かれてこなかったため、馴染みが薄いかもしれない。しかし、OMORIではキリスト教のモチーフがいくつも取り入れられ、さらにFARAWAY TOWNのCHURCHとBLACKSPACEのCHURCH OF SOMETHINGという場所があり、それぞれ重要なイベントまで用意されている。ここはやはり、OMORIのアメリカという文化背景を強く感じさせるところである。

 

しかし、OMORIが提起しているものはそれだけではない。……現実世界のCHURCHでの戦闘を考えてみよう。SUNNYたちが日曜日の礼拝中に乱闘をするという非常識な行動をしたからとはいえ、教会にいる人たちの囁き声はあまりにも無礼かつ侮辱的で、AUBREYを追い詰めていく。結局、信仰の中に平穏を見つけようとしたAUBREYは耐え切れずに逃げ出してしまう。

また、HEADSPACEにはキリスト教のモチーフが何度も使われているにも関わらず、現実世界編を通してみると超常現象的な「奇跡」はほとんど起こっていない(MARIの霊がピアノを弾く幻聴が聴こえる、というシーンぐらい)。SUNNYやBASILが信心深い、あるいは改心するといった描写もないし、彼らを救うのも神への信仰ではない。むしろ、キリスト教がもともと中心としていたドグマ、すなわち罪を認め、正直に告白するというテーマが、物語の鍵となっている。その点で、より幅広い人にアプローチする作品になっているといえるだろう。

 

その他のキリスト教関連の考察について、簡単にまとめておく。

・全くキリスト教に馴染みのない人のために説明すると、アメリカではプロテスタントを信仰する人が多く、OMORIの教会もこちらではないかと思われる(が、断定はできない)*5

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FARAWAY TOWNの教会。

教会では毎週日曜日に礼拝が行われる。時間は各地域にもよるが、THREE DAYS LEFTでは11回鐘が鳴る描写があるため午前11時からの礼拝だと分かる。

・MIKHAELの家族はパン屋を経営しているが、日曜日は休みになっている。これは単に礼拝に出かけているからというだけではなく、「安息日(日曜日)には基本働いてはならない」という教えがあるため。

 ちなみに厳格に店を閉めるのはヨーロッパやカソリック圏であり、アメリカでは日曜日も店が開いているのが普通(らしい)。MIKHAELの家族が特に信心深いことがうかがえる*6

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MIKHAELの家に掲げられた宗教画。

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元ネタと思われる、「無原罪の聖母」。出典: Wikimedia Commons

キリスト教では自殺は大罪として扱われ、死後は地獄に落ちると考えられた。かつては自殺者の埋葬を拒否する教会もあったという。(さすがに今はそういった例はほぼないようだが)

HEADSPACE内のMARIはとても優しく穏やかで、時には天国からOMORIを見守っているかのような描写まである。そのため、FARAWAY TOWN編を進めるにつれてプレイヤーは「本当にMARIは自殺をしたのか?」と疑問を抱くような仕掛けになっている。

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TRUE ROUTEでのみ行くことができるBLACK SPACEの"HEAVEN"。

・SNOWGLOBE MOUNTAINで出会う7人のSNOW ANGELからは、「黙示録」に記された7人の天使が連想される。

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ROCOCOに委嘱をし続けると見られる絵、「Final Revelation (最後の審判)」。この絵に限らずゲーム中では絵画にまつわるネタが結構多いので、余力があればまとめたい

8/21 追記:

OMORI公式ツイッターの投稿をさかのぼると、このようなものを見つけた。

 この文字は実際のゲームには使われていないが、「black」という名前から、おそらくHANGMANで集める文字だったのではないかと思われる(完成版でのキーボードのキーにあたる)。

blackletterは別名Gothicとも呼ばれ*7、12-15世紀に使われるようになった書体だ。線の太さと巻きひげの装飾が特徴で、紙面全体が黒くなることから「黒文字」という名称がついたらしい。blackletterを使用した最も有名な本が、活版印刷の発明者グーテンベルクが印刷した「42行聖書」(通称グーテンベルク聖書)である。*8

 

8/29 追記:

redditの投稿を見ていて、同じくキリスト教のモチーフを考察している投稿があったので紹介。

www.reddit.comここで言及されているのを見て思い出したが、NEIGHBOR'S ROOMにいる蛇は確かに「誘惑」を表すものとして考えてよいだろう。

 

9/18 追記:

SHADY MOLEがLAST RESORTで「CLAMを未来の通貨CLEMと交換しよう」と持ち掛けるとき、次のような主張をする。

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「おいおい、勘違いしてもらっちゃあ困るなあ!どちらかというと、俺は善きサマリア人みたいなやつに近いんだぜ!」

「善きサマリア人のたとえ」は「ルカによる福音書」に登場する喩え話だ。ある人が強盗に襲われ、道端で倒れていたところ、(ユダヤ人の宗教的権威である)祭司やレビ人は見て見ぬふりをして通り過ぎたが、異邦人のサマリア人は助けて介抱した、この最後の人こそ「隣人」として愛するのにふさわしい、という内容だ。(Wikipediaより)。

転じて、医師などが善意で傷病者を助けようとして結果的に望ましくない結果が生み出されてしまっても、その責任を問わないようにすることをいう*9。SHADY MOLEはここで、「俺は汚い商売をやっているかもしれんが、お前たちには特別に親切にしてやろうと思ってるんだぞ?」というニュアンスを込めているわけだ。実際は詐欺ではめ込むための前口上にすぎないが。

 

後記1:

OMOCAT氏のブログに掲載されていた過去の投稿を見ていたが、氏のアートスタイルの変遷や、OMORIが当初のコンセプトからどのようにブラッシュアップされていったのかが見て取れて、非常に興味深かった。

 

https://www.omocat-blog.com/post/15071418749/12302011-livestream-dump-1-omori-inko

www.omocat-blog.com

(2013/2014年頃の初期デザインにのみ存在したというキャラクター、INKO。2018年のDEMO版に残されていたテーマ曲だけが、その存在の痕跡をとどめている)

あるいは、このころのOMORIBOYの目はトゥーンリンク(猫目リンク)と同じだったんだなとか、またサマーウォーズのカズマを見てからタンクトップのキャラを描くようになったらしいこととか……更に「ピーナッツ」から影響を受けていたことが分かったり、いろいろと収穫があった。(CHARMのBLANCKETが"Soft, fluffy, and protects you from monsters"と書かれているのはその名残か)

しかし、狐面の子やTako-chanといった、いかにもサブカルな、尖った/洗練されていないキャラクターを10年間後の製品版と比べると、なんだか古いノートを盗み見てしまったようで少し後ろめたい。

 

後記2:

"A comic about nothing"という漫画。"nothing"と名付けられたキャラクターを中心に据えたエッセイ風の作品。

https://www.omocat-blog.com/post/66512922542/a-comic-about-nothing-is-now-available-as-a

www.omocat-blog.com(上の投稿のリンクは切れているが、内容はこちらから読むことができる)

彼女の風貌が、FARAWAY TOWNにいるARTISTとよく似ている。

また、こちらの漫画が(察するに)OMOCAT氏の自伝的な要素を含んでいると思われることから、OMORI内に登場するARTISTも作者の分身的な存在なのではないか、と推定できる。

*1:一応断っておくと、この記事において個々人の宗教/信仰について肯定的/否定的なことを言う意図は一切ない。また私自身は無宗教であり、それも了承のうえで読んでもらいたいと思う

*2:ついでに言うと、???となっている語り手は、一部はMARIのセリフだとわかるが、残りについては神が話しかけている(あるいはSUNNYがそうだと思っている)言葉ではないのかと解釈するのが妥当だろう

*3:さらに、キリストは十字架にかけられて三日目に復活した、と聖書で述べられているが、Hikikomoriルートではさらわれた(HEADSPACEの色つきバジル)を教会から救い出すのは、PROLOGUEから数えて三日目となる。

*4:一度この話をしたとき「それってピノキオだよね?」と言われたことがあるが、当然因果関係は逆である。ピノキオがOMORIと同じく聖書のネタを作品に取り込んだのだ

*5:てっきりアメリカでもっとも多いプロテスタント系の教会かと思っていたが、教会の外に聖人像が置いてあるのはカトリック教会の特徴である。プロテスタントでは聖書の内容を重視するため、基本的に聖人画や像を置くことはない

*6:さらに言うと、一般的なMichaelの綴りではなくよりヘブライ語に近いMikhaelの名前を子どもにつけていることからも。

*7:日本語でいうゴシック体(Sans-Serif)とは異なる

*8:これも含めて、OMORIでは「黒」という色が真実や正義などの概念と結びついているらしいところが興味深い。

*9:善きサマリア人の法」参照。