※このブログのすべての投稿には、ゲーム「OMORI」についての重大なネタバレが含まれます
タイトルの通り。
長らく「OMORIはフロイト心理学の観点から考察するべきだ」と思っていたし、実際何度か以前のブログ記事でも予告していたが……
さっぱりわからない。
フロイトの「夢判断」を読もうと思ったが普通に挫折した。書いている内容がふわっふわすぎて目が滑る。
ユングに至っては解説書読んでも「結局人間の意識が簡単にぐらつくってこと?」という理解以外ほとんど得られなかった。いやペルソナとシャドウだとかアーキタイプだとかいかにもな単語の解説はあったけど、それならわざわざ調べなくても知っているんだよ。
そもそも精神分析学自体今だと「ちょっと実験心理学と比べてあまりにもオカルティックで……」と敬遠されがちだ。ネット上のフロイトの扱いは「なんでもリビドーに結び付けちゃうセクハラおじさん」みたいな偏見が多いので、さすがに誇張かと思っていたが実際読んでみるとそう間違ってもいなかった。
「OMORI」は明白にフロイト的解釈を避けるように作られている。HEADSPACEで直接性的な要素を見出すことは非常に難しく(何と言ってもキスシーンに検閲が入るぐらいには潔癖だ)、またエディプス・コンプレックスと結びつけて語られやすい母親、父親は物語から排除されている。さらにフロイトの言う「夢は抑圧された性的欲求がゆがんだ形で再現される場所」という理論が、OMORIくんの無表情、受動的な行動のため実現されていない*1。OMORIにアタックしてくるのはAUBREY、MARIの方だが、彼がどうやらその好意に困惑しているらしいことが(特にAUBREYとのデートイベントから)分かる。
またこの手の夢占いに出てくる「夢の中の象徴」についても、同じく性的なものに結び付けて解釈してもあまり有益な結果が得られるとは思わない。AUBREYがバットで壺(フロイトによれば女性の象徴)を破壊するからといって、AUBREYの気持ちについて何か言うのは難しいだろう。
とはいえ、夢といえばフロイト/ユングであると、文学では伝統的に結びついてきたのは事実である。それは彼らの精神心理学が正確だからというよりも、彼らの理論が非常に有名かつ適用範囲が広かったため、下敷きとするのに都合がよかったからといえるだろう。本稿ではいくつかの要素について、他の人による考察も交えつつ思うところを述べてみたい。
自我、超自我、イド
まず有名な単語の整理から。心には私たちが普通に使う「意識」の他にも広大な領域が存在する。「無意識」はその裏に横たわる、自我に気づかれない領域のことを指す。氷山が水面より上の部分より下の部分の方が遥かに大きいのと同じように、無意識的な部分は意識的な部分よりもはるかに大きい。
「自我(エゴ)」は私たちが一番「私」だと思う、何かを考えたり、行動を起こそうと決めている(と思っている)部分だ。しかし、人間はやりたいと思ったことをなんでもできるわけではない。食欲、性欲といった公にはできない動物的な側面が存在し、それはエス、あるいはイドと呼ばれる。イドは私たちを特定の行動へと向かわせるものの、常に自我の下に隠されていて(通常は)表に出てこない。
自我-イドの層とは別に存在し、「何をするべきか」という社会的な側面、倫理を要求するのが超自我(Super-Ego)である。超自我は意識的なものであれば理性と呼ばれ、無意識的なものであればイドに対する抑圧となる。そのため、超自我とイドの戦いはコンプレックス(心的複合状態)という均衡状態を作り、しばしば精神障害やヒステリーの原因となる。
OMORIの世界にこれら自我、超自我、イドを見出すという試みはすでに何度かされており、例えばRedditでは
www.reddit.comにおいて「HEADSPACE - イド、SUNNY - 自我、OMORI - 超自我」という対応関係を提唱している。また、別のユーザーは
www.reddit.comにおいて"Three Great Creatures"との対応関係を提唱している。この場合、HUMPHREYがイド、ABBIが超自我、BIG YELLOW CATが自我と分類されることになる。
どちらも一定の根拠がある反面、うまく適合しない部分もあるのだが、「文学作品との関係その3」で述べた仮説、「DEEP WELLはイドの世界である」という内容から、後者の仮説をベースに考えてみたい。確かにHUMPHREYは「食べる」ことを前面に押し出したキャラで、イドの側面をよく代表していると思われるのだ。
DEEP WELLとは何か
Your memories are not free. To gain a memory, another must be shrouded. And yet... All memories will eventually fade.
Perhaps you've already noticed... the curse of DEEPER WELL.
お前の記憶は自由ではない。ある記憶を得るには、別の記憶を隠匿しなければならない。それでも...…全ての記憶はいつか薄れる。
もう気づいているだろうが…… 「深き井戸」の呪いだ。
- BLANK in DEEPER WELL
DEEP WELLは言ってしまえば「SUNNYを真実から遠ざけるための、無意識的な障害」である。タクシーを使わない限り脱出できない高速道路、LAST RESORTという足止めスポット、多くのTOLL GATORたちによる妨害、SUNNY ROUTE最大の敵。地上の展開と比べて、より露骨に真相/深層到達への時間稼ぎをしようという意志を感じるようになる。
last resortをリーダーズ英和で引くと、「最後の手段; [婉曲] トイレ」と出てくる。
恐らくそのまま「リゾート」と読めば「最後の楽園」的な意味にもなり、両方の意味が掛けられているのだろう。*2
さらに名前からは、「このままだとBASIL消失の真相に気づいてしまう」というSUNNYの深層意識がカジノという「最後の手段」を用意したと考えられる。MR.JAWSUMとPLUTO(EXPANDED)を撃破し、足止めに失敗した後は、SUNNYの潜在意識はより直接的な妨害手段を講じてくる。
LAST RESORTを抜けDEEPER WELLへ向かうと、KEL, AUBREY, HEROたちのBASILの記憶は薄れていく。それは「DEEPER WELLの呪い」であり、やはりSUNNY/OMORIを真実から引き留めようとする深層意識がもたらしたものであろう。
HUMPHREYの中でピクニックをすると、AUBREYたちはBASILのことをほぼ忘れてしまい、なぜ冒険をしているのか、という目的を喪失していく。次第に、「SWEETHEARTという魔王を止めないといけない」と、まるで大昔のRPGみたいなことを言いだす。だが、いくら仲間たちの記憶を消しても、「OMORIは良い記憶力を持っている」。プレイヤーが目的を忘れず、BASILのことを忘れない限り、イドの呪いは効かず、最下層BLACKSPACEへと到達する。
ABBIと彼女のいるABYSSは超自我を代表するが、「彼女は知恵を奪われた」。そのため、たとえ会ったとしてもOMORIを諭すことはなく、ただ許しを請うばかりである。ABYSS自体も、探索しても真相が分かることはない。
ABBIと戦闘をした後、すぐ右に行くとBLACK SPACEに到達することから、ABYSSとBLACK SPACEが非常に近い場所にあることが分かる。ここから、BLACK SPACEが打ち捨てられた超自我の領域だと言えるだろう。
剥奪された理性こそが、DEEPER WELLにいる不思議な住民であり、BLACKSPACEのSTRANGER、そしてSOMETHINGだ。彼らはSUNNYの夢の中では影であったり、粘土細工の特徴的な造形であったりと、ほとんど表に出てこない*3。しかしそれらは決して消え去ることなく、まさにコンプレックスとして存在している。SUNNYは超自我を抑圧しているが、SOMETHINGは常にBLACK SPACEを抜け出し、HEADSAPCEへの入り口を見つける。
奪われた知恵がLIGHT BULBであり、これを使って部屋を照らすことで、真に隠されたものが明らかになる。
BIG YELLOW CATについてはあまりたいしたことは言えない。OMORIをいつも最も高いところから見つめ、保護する存在であるため、自我というよりは防衛本能のようなものに思われる。SUNNYを守ってくれる夢、HEADSPACEそのものの象徴であるともいえるだろう。
アーキタイプ - 1.シャドウ
ユング心理学を最も有名たらしめているのは、やはり「集合的無意識」だ。人が見る夢にはいくつかパターンがあるが、単に同じ夢を見ているのではなく、それらには共通して同じ象徴、同じ意味が与えられている、という考えだ。(ときどき「人の夢は根底では繋がっている」という風に語る人もいるが、どうやらユングのもともとのアイディアではなかったらしい。)*4そして、よく出てくるパターンは「元型/アーキタイプ」と呼ばれ、人はそれに自我を投影することが多いという。
有名なのは「ペルソナシリーズ」の元ネタになったペルソナ/シャドウであろう*5。ペルソナは元々「仮面」という意味であり、人が社会と関わるときに意識する「見せたい自分」を意味している。一方、シャドウはその名の通り「影」で、隠しておきたい自分、否定したい自分のことを指している(いわゆる神話で言う「トリックスター」もここに含まれる)。フロイトの理論と違うのは、ユング心理学では表と裏の区別があまりないということである。ペルソナが意識的な「自我」でシャドウが無意識的な「イド」と区別されることはなく、時には二つの役割が交代することもあるのだ。
SUNNYとOMORIの関係性については、自我/超自我で分類するよりも、ペルソナとシャドウの関係であるとみなした方が分かりやすいかもしれない。
ちなみに、ユング研究の第一人者であった故河合隼雄氏はこう述べている。
このように考えると、『ドリアン・グレイの肖像』、『ジーキル博士とハイド氏』『ウィリアム・ウィルソン』あるいは、アンデルセンの『影法師』など二重人格や二重身を主題とした小説は、全て「死」をもってその結末を迎えている。モーパッサンの『オルラ』は最後に死の予感をもって終るし、ドストエフスキーの『二重人格』は主人公の発狂を引きおこす。ひとりの人間が生きてゆくためには、他のひとりを殺さねばならないのだろうか。
『OMORI』の物語の結末で誰かが亡くなることは、FARAWAY CEMETERYにいるOLD BEADYが予告している。
「幽霊共が一日中喚いておる……隣人たちのために祈ろう。
今夜、誰かが嘆き悲しむことになるだろう……」
とフラグが建てられるのだが、その予言が本当になるのかはプレイヤーの選択次第である。*6
アーキタイプ - 2.アニマ
ユングは男性の中の女性的な部分、あるいは女性の中の男性性を重視し、同じくアーキタイプの一つとして分類した。それぞれアニマ、アニムスと呼ばれ、語源はラテン語の「魂」だ。ユングは男性の場合、精神の成長とともにアニマが次の4段階に変化するという。
第1段階 ユングの言葉によれば「イヴ」。グレートマザーとも呼ばれ、男性を抱擁し、温かく見守ってくれる母性的な存在である。HEADSPACEのMARIがいつでもOMORIたちを見守り、よくOMORIを抱きしめているところを連想させる。
第2段階 「ヘレン」。トロイ戦争の元凶となった王妃ヘレネからきており、ロマンチックな恋愛を求めることが多い。これについては、同じく高貴な身分であり、恋愛要素が絡んでくるという点からSWEETHEARTが当てはまるだろう(詳しい裏付けは後で説明する)。
第3段階「マリー」。聖母マリアから来ており、美徳を備えた理想的な人格として描かれる。これは、NORTH LAKEで出会う、モノクロのスプライトで表されたMARIが当てはまるだろう。TRUE ROUTEではLAST RESORTで第1段階のMARIと出会ったとき、OMORIはMARIの抱擁を拒否するようになる。SUNNYの心が現実世界の中で成長するのとともに、低い段階のアニマとの関係性が薄れていく、と解釈できるかもしれない。
PROLOGUEで出会うのが色つきのMARI、THREE DAYS LEFTではSWEETHEART、TWO DAYS LEFTでは白黒のMARIと変化してきたので、残るONE DAY LEFTで第4段階のアニマと出会うのだと予想できる。
第4段階でのアニマは「ソフィア」と呼ばれ、ギリシャ語の「知恵」を意味する。女性らしさはさらに薄くなり、神仏といった神々しい存在でも代表される。これに当てはまる存在は何だろう。……あえて挙げるなら、それはSOMETHINGだろうか。MARIというよりは、「SUNNYの罪」という最も重要な物語の鍵を表し、ONE DAY LEFTで向き合うべき存在でもある。一方、Hikikomori routeでは最強のボスでgoddessとまで表現される、PERFECTHEARTが当てはまるか。
SWEETHEARTとCAPT. SPACEBOY
SUNNYのアニマがMARIであると考えたとき、途中SWEETHEARTが挟まることについて疑念を持つかもしれない。しかし、SWEETHEARTとCAPT. SPACEBOYの関係性については、「実はMARIとHEROの恋愛を反映しているのではないか?」という指摘がある。
www.reddit.com詳しくはリンク先を読んでもらいたいが、SUNNYがMARIやHEROの欠点を認められず、「倒すべき敵」にその属性を付与した、という考察である。SWEETHARTの「完璧な伴侶」を求めようとする姿勢は確かにMARIの完璧主義に通じるし、また一目見てHEROに惚れるというのも、SPCEBOYとHEROの対応関係を連想させる。*7
さらに、現実世界のKELがFARAWAY CEMETERYで言う、MARIが亡くなった直後のHEROの描写が、「一日中ベッドで寝ていて、毛布にくるまっていた」「KELが声をかけたときに怒り狂い、酷い言葉を投げかけた」という点で最初にSPACE EX-BOYFRIENDと出会った時とよく似ている*8。
少し脱線したが、フロイトやユングの理論をOMORIに適用するとこのようになるだろう。私がよく理解してないこともあり、他の稿以上に間違いと思われるところがあるかもしれないが、その辺も了承の上読んでもらいたい。どちらにせよ、OMORIでは核となる物語は明確にプレイヤーに提示されており、こういった理論は補助として使用するべきだろう。
補足(2024年)
ありがたいことに多くの方にブログを読んでもらっているが、ここで紹介した「スイートハートとスペースボーイ船長の恋愛はマリとヒロの恋愛を反映している」という説は違うんじゃないかと言うコメントは何度かもらった。自分としては、「ユング心理学使って考察するなら、それっぽいアニマを見つけたいな」と思っていたところに丁度良い考察を見つけて、そのまま紹介したつもりだった。これが正解だ、と思っていたわけではない。
私の今の見解はヘッドスペースの登場人物は多かれ少なかれサニーの性格や好みに合わせて変えられている、というものだ。
それはオーブリー、ケル、ヒロにしてもそうで、ヘッドスペースの中の彼らは勿論サニーの記憶の中にある3人を基に作られているが、その性格がそっくり4年前の本人たちと一緒だったかは分からない。特徴的なエピソード……例えばオーブリーがうさぎが好きだったとか、ケルがすばしこかったとか、ヒロがお兄さんとして振る舞うことが多かったといった、「あの人はこんな人」という特徴(偏見)を抜き出しているのではないか。
そして友達の欠点やミスはいつも一緒にいるお友達からは取り除いて、倒すべきエネミー……たとえばスイートハートやスペースボーイに任せたり、ブラックスペースに封印したりしたくなるだろう。
実際、2023年のPixiv Drawfestの動画(https://youtu.be/h3kX3hZJPpI?si=rTjg4LDCfydFVsAO&t=1153)
では「マリの完璧主義はヘッドスペースでは隠されている」と言われていた。
ピンクが好きなオーブリーの一部は、ピンクまみれのスイートハートに肩代わりされてるだろうし、マリの完璧主義もそうかもしれない。コンソール版で追加されたマリとのバトルでは、夜明けのような画像が背景に使われているが、これはパーフェクトハートの背景と共通だ。
そして、サニーの性格も反映されているだろう。他者に愛を見つけることをやめ、自分自身だけを愛して生きようとするスイートハートは、自分だけの夢に引きこもるサニーに重ねられる。そして完璧な自分自身、「オモリ」を作り出した。*9勿論スペースボーイ船長にもサニーの一部(天体への興味)が反映されているだろう。
ヒロとスペースボーイ船長については2022年のコンソール版追加要素で似たセリフを言っている。二人ともリーダー的な立ち位置であり、常に冷静であろうとしている(が、抑えられないときもある)
(画像は日本語版)
そして個人的に、サニーがヘッドスペースの中で恋愛を描こうと思ったとき、一番身近の参考になるシチュエーションがマリとヒロだったんじゃないかとは思っている。
しかし、どちらの恋愛も長くは続かなかった。一方はその完璧主義のせいで。一方は……。
ただ繰り返して言っておきたいのは、これは私の中の見解に過ぎない、ということである。
*1:もちろんフロイト的に解釈するならば「そのような夢の中でさえ抑制してしまうことがOMORIの性的欲求の抑圧の象徴で……といくらでも続けられるのだが、それはもうこじつけなんよ
*2:イーグルスのアルバム「ホテル・カリフォルニア」に収録された「The Last Resort」でも、同様の二重表現が行われている。
*3:フロイトの理論では超自我がイドを抑圧するのだが、ここでは逆になっているわけだ。
*4:ちなみにORANGE OASISにいるMR. OUTBACKというキャラクターは、「HEADSPACEはSUNNYが夢見る前から存在していた」「誰もがHEADSPACEを持っている」「ただし、カラフルでかわいい世界観になっているのはSUNNYの想像力によるもの」という内容の発言をする。そのため、OMORI2次創作界隈では「KEL/MARI/AUBREYがHEADSPACEをもっていたらどうなるか」という世界線を追求したものが多い。
*5:ペルソナやったことないので、詳しい人は解説してくれ
*6:TWO DAYS LEFTではもっと直接的に「誰かが幽霊たちの仲間に加わるだろう」という発言がされるが、どのルートでもBASILの祖母は亡くなるため予感は外れなかったといえる。だがプレイヤーにとってみれば「今夜BASILが(あるいはSUNNYが)死ぬ」という予言にも聞こえてしまう
*7:音楽的にも、マリが演奏するピアノに対し、SWEETHEARTはピアノの前身であるチェンバロがテーマとして使われている。
*8:これを指摘したコメントがどこかにあったんだが、どこで見たか忘れてしまった……
*9:名前を変える、という点に着目するとスペースボーイ船長の方とも重なりそうだが、こちらはどちらかというと「名前を一般名詞(boyfriend)に設定したせいで状況に応じて変えなくてはならなくなる」というジョーク的な扱いと解釈したい。他の記事の注釈でも書いたが、名前が一般的な語彙になってるキャラクターというのは「その名前」とは一致しないことが多いのだ(アイロニーとして機能するため)。SWEETHEART(恋人)は最終的に誰の恋人にもなれない。SUNNY(晴れ)はあまり笑わない外が苦手な子だった。HEROが英雄ではなく、ヒーローサンドイッチが名前の由来であることはケルが教えてくれる。