OMORI考察まとめ

みんなOMORIやろうぜ 英語版の内容に基づいています

OMORIに登場する絵画(更新中)

※このブログのすべての投稿にはゲーム「OMORI」に関する重大なネタバレが含まれます

 

久しぶりなので短めの記事を。

OMORIの中には数多くの西洋美術のパロディ・オマージュが含まれている。まだ特定できていないものも多くあるが、ここでは引用された絵画を中心に紹介していく*1

 

 

THE ROYAL GALLERY

一番印象に残るのは、SWEETHEART'S CASTLEの展示室に飾られた"OEUVRES OF SWEETHEART"だろう。

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ブリトーを食べるスイートハート」(ブリトーはメキシコ~アメリカ南西部で食べられる料理)。

それぞれの絵画の元ネタについてはFandom Wiki参照のこと。

すぐ近くに置いてあるトイレ(やはりラーメンが入手できる)はマルセル・デュシャン現代アート「泉」を意識したものだと思われる。

ja.wikipedia.org

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ROCOCO

SWEETHEARTを倒した後に会うことができるROCOCO*2の「パトロン」になると、6枚の絵を見ることができる。

omori.fandom.com

落書きからデッサンの習作に移り、前衛に走ってみたり突然作風を変えたりと迷走した後に、一番シンプル(かつ過不足の無い)スタイルに落ち着くという、いわば「絵描きあるある」を連作で再現している。3枚目の絵はピカソキュビスム時代の絵に近い。4枚目はFandom Wikiでは「ジョジョの奇妙な冒険」リスペクトだと書かれている(タイトルはともかく画風は結構違う気がするけど)。5枚目は以前にも触れたが、ミケランジェロ作の壁画「最後の審判」より。

 

LAST RESORT

LAST RESORTに置かれている、魚の標本と思われる芸術作品。

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元ネタはおそらく現代美術家ダミアン・ハーストが製作した「生者の心における死の物理的不可能性」。ホルマリン漬けのイタチザメをそのまま作品に仕立てており、生物の死骸を利用した点、途中でオリジナルが腐敗したため別のサメと交換した点などが論争を引き起こした。

 

REVERSE MERMAID

元ネタはおそらくルネ・マグリット「共同発明」

www.rene-magritte.com人魚といえば上半身が女性で下半身が魚だ、という考えに挑戦する作品(おそらく世の中にある「逆人魚」ネタの大元)。

なぜ逆人魚がエジソンの発言「人間の最大の弱点は諦めの早さである。成功への最も確実な道はあともう一回だけ挑戦することだ」を(逆にして)引用するのか不思議だったが、彼が発明王であることからの連想かもしれない。*3

FARAWAY TOWN

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FARAWAY TOWNの各部屋にはいくつかの絵画が掛けられているが、こちらも実は元ネタがある。一つは有名なゴッホの「ひまわり」、もう一つはモネの「散歩・日傘を差す女性」である。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b4/Vincent_Willem_van_Gogh_128.jpg https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1b/Claude_Monet_-_Woman_with_a_Parasol_-_Madame_Monet_and_Her_Son_-_Google_Art_Project.jpg

(出典: Wikimedia Commons)

どちらも印象派に属する画家の作品なので、真ん中の風景画と思われるものも特定できるのではないかと思ったが、探しても見つからなかった……有望な情報があれば教えてほしい。*4

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この辺りの絵も元ネタがありそうな気がする

11/20追記:

ここにかかっている絵画のうち一つは恐らくモネ「睡蓮の池」の左半分である。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/5e/Claude_Monet%2C_The_Water_Lily_Pond%2C_c._1917-19%2C_frame_cropped%2C_Google_Art_Project.jpg/800px-Claude_Monet%2C_The_Water_Lily_Pond%2C_c._1917-19%2C_frame_cropped%2C_Google_Art_Project.jpg

(出典: Wikimedia Commons)

 

またHOBEEEZのポスターを始めとして、アニメやゲームのキャラを意識したと思われるものも多い。

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HOBEEEZの様々なポスター。

調査中の部分が多くほとんど大したことはいえないが、こういった小物に着目してみるのも面白いだろう。

 

おまけ: 本編があまりに短かったので余談。

このブログを書く上で参考にしていた本の一つに、池上英洋著「西洋美術史入門」(ちくま新書)がある。これは西洋美術を鑑賞する方法について基本から分かりやすく解説した本だ。その中でも独特なのが、絵画中にあらわれるモチーフや寓意を読み解き(図像学、イコノロジーという)、「なぜその絵が描かれたのか」という部分を探る(図像解釈学、イコノグラフィー)手法である。

特に古い宗教画の場合、絵には「聖書の内容を文字の読めない人にもわかりやすく伝える」という重要な目的があり、人物を描くときには「その人が誰なのか」を示す、特定の持ち物や容姿を描くことが多かった。これをアトリビュートという。聖ペテロは絵画中で常に鍵を持っていて、ユディトの姿は剣を片手に持った女性で必ず描かれる…といった「定番」があり、これらは聖書の描写、あるいは逸話に基づくことが多かった。

 

例えば、聖母マリアの絵を例にとろう。画題として非常に人気があったマリアは、絵画中ではいつも純潔を表す「白衣に青いヴェール」*5を被った姿で描かれる。また、「白ユリ」「棘のないバラ」といった花がそばに添えられることも多い。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/24/Bartolom%C3%A9_Esteban_Perez_Murillo_021.jpg
(ムリーリョ作「無原罪の御宿り」。出典: WIkimedia Commons)

 

白ユリは純潔さを表す花であり、また棘のないバラは(棘がアダムとイブの犯した原罪により生えたという伝説から)マリアが原罪から免れていることを表す。さらにマリアの純潔、処女性を強調するため、マリアはユリやバラなどの花が咲く「閉ざされた庭」に居る場面を描かれることもある。*6

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/57/Meister_des_Frankfurter_Paradiesg%C3%A4rtleins_001.jpg
(ライン川上流の画家、「閉ざされた園」。出典:Wikimedia Commons)

 

こういった寓意の読み解きはどのような作品にも適用できるというわけではないが、(美術学校ではこういった美術史の授業も教えられていただろうという推定から)「OMORI」をこのような側面から読み解いてみるのも面白いだろう、と思った次第である。例えば、SWEETHEART'S CASTLEの庭園には出口がない、といった点に、先ほどの「閉ざされた庭」の寓意を重ねてみることもできる。考えてみれば、SWEETHEARTもマリアと同じく、交わることなく自身の子供を生み出した存在である。それが3人の魔女によるクローン複製技術*7という、歪められたパロディをとっているにしても。*8

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"I Definitely Promised You A Rose Garden"

ここまでは宗教画に見られるアトリビューションを解説してきたが、こうした寓意(アレゴリー)は他のジャンルでも同様に見られる。例えば、静物画ではしばしばガラス、果物などと一緒に頭蓋骨が描かれてきたが、これは「メメント・モリ」(死を思え)という、生のはかなさを警告する意味合いが込められている。このような含意をもつ絵画を「ヴァニタス」と呼ぶ。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/40/1628_Claesz_Vanitas-Stillleben_mit_Selbstbildnis_anagoria.JPG

 (クラース「自画像のある静物」出典: WIkimedia Commons。卓上に載せられたグラス、時計、割れたクルミ、ガラスの球、そして楽器は全てヴァニタスの比喩である)

 

翻ってOMORIの世界に戻ってみれば、この作品そのものの代表といえる"Black Light Bulb"が象徴的な意味を持っているのは明らかだ。本来光を照らすはずの電球が黒く塗られていることから、これが「隠蔽」の含意を有しているのが分かる。また、先ほどのヴァニタスの比喩を踏まえれば、WHITE SPACEの状況のはかなさ、「いつまでもここに引き籠ることはできない」という警告を意味するのも読み取れるだろう。…そして勿論、これが"吊られた(hanging)何か"を暗示していることも。

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このようにそのまま考察の材料にできる部分だけでなく、「西洋美術史入門」には画材、技法、社会的状況といった側面から絵を鑑賞していく方法について詳しく書かれている。絵画をより深く見ることができるようになるので、(ブログの趣旨を別にしても)個人的におすすめしたい本である。

 

参考文献

池上英洋「西洋美術史入門」, ちくま新書, 2012.
池上英洋編「西洋美術入門 絵画の見かた」, 新星出版社, 2013.
ジェイムズ・ホール, 高階秀爾監修「西洋美術解読事典―絵画・彫刻における主題と象徴」, 河出書房新社, 2004.
池上英洋「花園に咲く薔薇の香り -園芸の図像学(1)-」,恵泉女学園大学園芸文化研究所報告 : 園芸文化, 3, 7 - 16, 2006, http://id.nii.ac.jp/1294/00000786/.

*1:

OMOCAT氏はインタビューwww.otakujournalist.comの中で美術大学(art college)に通っていたことを明かしている。また、大学内ではアニメが「まじめな芸術」と思われていなかったため偏見の目で見られたこと、大学に行くのは嫌いだったが、そこで「何が本当に嫌いで、何が本当に好きなのかに気づくことができた」(https://twitter.com/_omocat/status/503299974860251136)と述べている。

*2:名前は18世紀フランスを中心に広まった美術様式から。例はフラゴナールの「ぶらんこ」。

*3:エジソンはまた実用的な白熱電球を発明し普及させた人物でもある。

*4:FARAWAY TOWNで印象派の絵画が各家に飾られているのは、これらの絵画が後述する宗教画と比べて、肩の凝らない、気楽に鑑賞できる作品だからであろう。(例外がMIKHAELの家だ。)また、この町に住む人が比較的裕福であることも暗示している。

*5:ただし、時代によっては「赤い服に青のヴェール」などでも表される。

*6:詳しくは以下の記事で。

en.wikipedia.org

*7:エスの生誕に立ち会った、東方の三博士のイメージを重ね合わせることができる。

*8:また、これは以前語った"MARIとSWEETHEARTの同一性"を補強する説にもなる。